【研究】飲むだけで差別主義者が更生する「道徳ピル」
◆飲めばモラルが向上するクスリ「道徳ピル」をご存じか
飲むと他人への信頼感が増す、服用すれば共感能力が向上する、使うと認知能力が改善する……そんな、人間のモラルを向上させるクスリ「道徳ピル」。
実験レベルでは効果が実証され、すでに一部では密かに使っている人々もいる。
海外には、誰もがこうしたクスリを服用することを義務化せよ、と主張する論者もいる。
これは、人類を救う希望なのか、それともディストピアへの道を開く存在なのか--。
■科学技術で「道徳的」な人間を作り出す
他者への思い遣りや配慮、協調的な関係の構築と維持は、人間が生活を送る上での不可欠の要素だ。
私たちは、誰もが健全な社会関係を築く資質を備えている。
とはいえ、それはいつも十分に発揮されるとは限らない。
事実、民族紛争や宗教対立、飢餓、内戦、ヘイトクライム、性差別等々、さまざまな問題が山積している。
ルイ・アームストロングは「なんて素晴らしい世界なんだ(What a wonderful world)」と歌ったけれど、残念ながら、現実の世界はそうでもないのだ。
こうした現状に対して、いま、「道徳ピル」と呼ばれるクスリを用いて、人間の潜在的な人種的偏見や攻撃衝動、リスク回避の傾向性などを抑制し、協調性や共感を増進させることで社会的な課題に対処すべきだと主張する者たちがいる。
たとえば、オックスフォード大学の哲学者Ingmar Persson や 同大学の生命倫理学者Julian Savulescuは、人類全体が道徳的に進歩してきたことを認めつつも、いま私たちが直面している危機を取り除くには、そうした進歩は十分ではないという。
というのも、各地で起こっている内戦やテロ行為では、化学兵器や生物兵器が使用され、サイバーテロなどによっても、非常に多くの生命が簡単に奪われる可能性が増しているが、反対に、貧困や紛争、差別といった諸問題を取り除き、そうした損害と同程度に社会に幸福をもたらすのは、はるかに困難になって現状があるからだ。
そこで、彼らが注目するのが「道徳ピル」だ。
社会への損害を減らし、便益を向上させるには、私たち人間の道徳的な性向を向上させる必要がある。
これまで、私たち人間は、教育によって道徳的な性向の向上を目指してきた。
しかし、それには時間がかかり、その効果も限定的だ。
そのため、Persson やSavulescuなどの科学者たちは、科学技術の力を借りて、道徳性や知性といった人間本性(Human Nature)を「改造」「改善」することで、そのような教育の目的を底上げしようというのだ。
こうした考えは「モラル・(バイオ)エンハンスメント」と呼ばれ、すでにいくつかの具体的な方法が提示されている。
不和よりも協力を志向する遺伝子を持つ胚を選別する方法、あるいは、そのような遺伝子を含む人工染色体を胚に組み込む方法などだ。
もちろん、「道徳ピル」もその一つだ。
■本当に、服用者が〈道徳〉的になった
「道徳ピル」は、いまやSF小説の中の出来事では決してない。いくつかの実験によって、実際にその効果が確認されている。
たとえば、ゲーテ大学の経済学者Michael Kosfeldらの研究グループは、2005年に神経ペプチドである「オキシトシン」は、闘争欲や恐怖心を鎮め、他者との親和的で協力的な行動を促進する作用があるという研究結果を報告している。
この研究結果は、スイスのチューリッヒで、健康な男子大学生58人を対象に行われた実験から得られたものだ。
この実験では、半数の29名が資産を持つ「投資家」、残りの29名が資産を運用する「信託者」の役割に分かれる。
投資家は二つのグループに分けられ、一方のグループには本物のオキシトシンを、他方の資産家グループには偽物を、それぞれ鼻から吸引させた。
その結果、本物のオキシトシンを吸引した投資家のグループだけが、なんと全額に近い資産を信託者に委ねたのだ。
このことから、オキシトシンは不安を抑制するように作用し、そのことによって他者への愛着や信頼感を増加させる効果があると結論されたのである。
抗うつ剤として知られる選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)も、不安や恐怖感を高める受容体の働きを抑える作用があることから、オキシトシンと同様に他者との親和的で協力的な行動を促進したり、攻撃的な衝動を抑制すると考えられている。
現代ビジネス 2018/08/03
http://exawarosu.net/archives/11057928.html
※続きます