人を騙すと金がもらえるバイトで、高校の先輩を騙すことになった話
1: :2014/04/20(日)23:05:32 ID:
高校一年の秋のときの話。
友達のせいでコンビニバイトをクビになって、
金に困ってたんだわ、俺。
そのときに、その『人を騙すと金がもらえるバイト』っていうのを
仲のいい先輩から教えてもらった。
4: :2014/04/20(日)23:07:17 ID:
まあ聞いてくれよ、諸君
もともとその先輩からは、高校入ったときからバイトを紹介してもらってたんだ。
あんまり詳しくは書けないけど四時間働いただけで、
一万以上の金くれたりするバイトとか。
一方で八時間働いても四千円しかもらえないバイトとか、
とにかく変なバイトを、ツレと一緒によく紹介してもらってた。
だけど、先輩の紹介するバイト先はいっしょに働く連中が、
コワイ連中ばかりだった。
俺はいつもバイトしながら密かにビビってたわけ。
>>8
八時間四千円は、ひたすら草抜きだった
四時間で一万円は、ペットボトルにラベルを貼る仕事。
だけどここでは関係ないので忘れてくれ。
だから高校二年になってからは、普通にコンビニでバイトをはじめたんだよ。
で、俺の友達も同じことを思ってたらしくて、
途中から俺の紹介でそのコンビニで一緒に働いた。
まあ最初に書いたとおり、紹介したヤツのせいでクビになったんだけどさ。
で、そのことを先輩に話したら、
「人を騙して金が手に入るバイトがあるらしいんだわ」って、俺に切り出してきた。
今までとちがったのは、先輩自身もそのバイトをうわさでしか知らないってこと。
「すげー興味あるし、ほんとは俺が行きたいんだけど時間がねえからさ」
この先輩は先輩で、バイト人間で放課後はほとんどバイトに費やしていた。
俺は部活もしてなくて暇だったし、先輩は珍しくしつこかった。
いちおうケータイでネット検索すると、店の名前だけは出てきた。
詳細についてはなんも載ってなかったけどな。
興味ある方は電話してくださいとだけ書いてあったから、休み時間に電話してみた。
電話をしたら、学校帰りでもいいから是非来てくれって、
優しいおっさんの声が答えてくれた。
もちろん完全に信じてたわけじゃない。
正直半分は冷やかしのつもりだったし。
まあ話のネタにでもなればいいか、ぐらいにしか思ってなかった。
高校時代の俺、頭の中が空っぽすぎる。
で、放課後にケータイホームページに書かれたビルに行った。
郵便局の隣にある小さなビル。
玄関に入ると、「電話をくれた子?」って、
背の低いおっさんが俺をむかえてくれた。
声の感じで、そのおっさんが電話の対応した人だっていうのはわかった。
すぐに三階の事務所に連れてかれて、面接がはじまった。
ただ当たり前の話なんだけど、急な話しすぎて履歴書も、
なんにも持ってなかったんだよな。
そのことを伝えると、
「大丈夫だよ、ちょっとしゃべって簡単なテストして、
合格だったらそのときに履歴書とか書いてもらうから」
おっさんはそう答えた。
でも、そう言ったくせにおっさんは全然話そうとしないわけ。
沈黙が気まずくて、俺から口を開いた。
「ここのバイトって人をだましたらお金がもらえるって聞いたんですけど」
俺がそう言うと、おっさんはいきなり、
「いいですね、キミ」って俺を人差し指でさした。
「は?」
「まずここで話せなかったら、帰ってもらってたよ」
おっさんは俺から口を開かなかったら、
この時点で本気で帰ってもらうつもりだったらしい。
それから、おっさんはバイトについて話しはじめた。
「このバイトはね、難しいことはなにもないんだよ」
「人をだます仕事って聞くと、ついつい構えちゃうでしょ?」
「だますって言うより、ウソをつくって考えたほうがいいなあ」
「誰でもいいから、その人にたいしてウソをつく」
「キミはそれだけで、お金がもらえる」
「いやあ、いいバイトだねえ! こんなのなかなかないよ!」
おっさんがニコやかに話せば話すほど、俺の表情はけわしくなってたね。
「ボク、頭悪いんで……ちょっと今の説明だとよくわかんないです」
おっさんは目を丸くした。
ちょっと西田敏行に似てるなって思った。
「むずかしく考えなくていいんだよ。僕が言ったとおりのことをする。
それだけで、キミはお金をもらえるんだよ」
「あー、じゃあたとえば。
ボクが実はゲイだとか、そういうテキトーなウソをつくだけでいいってことですか?」
「まあ、ようはそういうことだね」
なんだそれ。そう思った。も
ちろん口には出さなかったけど。
ただ、さすがにこの説明じゃあ、おっさんも足りないと思ったんだろうな。
そのあと、詳しい説明をつけたした。
おっさんの言ったことをまとめると、こんな感じになる。
・人をだますと金がもらえる。
・ただし、きちんと相手をだまさなければならない。
・だましの質によって、もらえる額が変動する。
そのほかの情報。
・ケータイ登録が必須で、バイト代はこの会社のサイトで常に確認できる。
・基本的にこのバイトは十代しかやらせてもらえない。
・やめても、再度、お誘いのメールが来る場合がある。
説明をくわえられても、いまいちピンと来なかったけど面倒だから、
それ以上俺はなにも聞かなかった。
おっさんは一通りの説明を終えると言った。
「じゃあ、最期に簡単なテストをしましょう」
「なにやるんですか?」
「簡単です。これから僕が呼ぶ女性社員と、二十分間話して。
そしてその会話の中で、彼女をだます……いえ、彼女にうそをついてください」
おっさんが「入って」と言うと、スーツを着た女が入ってきた。
やぼったいメガネをかけた地味な人だった。
げんふうけいっぽい
※ 参考
「 」
「」
その地味な社員さんと俺だけの会話がはじまった。
「どこの高校に通ってるんですか?」
俺は人と話すのは、きらいじゃなかった。いや、むしろ好きなほうだ。
さらにいうと、俺は年上の女の人に惹かれるんだよ。
さっそく調子にのってウソをついた。
自分の通ってる高校とは、ちがう学校の名前を言った。
よくよく考えると、俺の高校は私立で制服もブレザーだったから、
ここらへんに住んでる人だったら、一発でわかるウソだった。
言ったあとで「しまったな」と思ったけど、結果から言えば、
俺がつけたウソはこれだけ。
なにせ、このお姉さん。
めちゃくちゃおしゃべりだった。
俺にしゃべる隙を与えないんだよ。
このお姉さん、ほぼ二十分間俺に向かって、
俺の通っている高校のことについてしゃべりたおした。
「いやあ、あたしが通ってたときはまだ女子高だったんだよねえ」
気づいたら、俺ってば一言しか話していない。
このままではマズイ。
「ちょっと待ってください。ボクも話したいんですけど」
俺は、無理やり会話に割りこんだわけだ。
でも俺が会話にわりこむと、お姉さんったら露骨に悲しそうな顔するんだ。
申し訳なくなって、俺はまた黙ってしまった。
あっという間に、おしゃべりタイムは終わった。
話が終わると、地味なお姉さんはお辞儀をして満足そうに部屋から出ていった。
「あー、落ちたな」って俺は目の前の机にうなだれた。
でも結論から言うと、俺は合格してしまった。
「え? オッケーなんですか?」
「うん、よかったよ。なかなか素質あるね、キミ」
優しそうなおっさんという最初の印象は、すっかり胡散臭いものになってた。
ていうかあのお姉さんとのやりとりで、なにがわかったんだよ。
それからはあっという間だった。
書類に簡単な個人情報を書いて、ケータイアドレスの登録をする。
口座番号については後日でいいって言われた。
で、おっさんから腕時計を手渡された。
Gショックのワインレッド色の時計だった。
「これ、このバイトやってるときはできるかぎり、つけておいてね」
「ただの時計ですよね?」
「キミのバイト代を決める時計だよ」
俺はもうなにも言わなかった。
まあなにはともあれ、俺の新しいバイトは決まったわけだ。
前建てたスレでも誤解されたけど、げんふうけいの人とはなにひとつ関係ないです
※ げんふうけい参考
「 」
「」
マジで今日はここまでか
続き楽しみにしてるぞ
うちの高校は、そもそもバイトをやることじたいが禁止されてた。
バレたら停学処分。
だからやるなら、当然隠れてする必要がある。
もっともこのバイトは、親とか学校の許可を必要としなかった。
ありがたい話。
「なるべく長く続くといいね」
帰り際、おっさんは俺に向かってそんなことを言った。
「多いんですか、すぐやめちゃう人」
「まあ、そうだね」
俺の質問におっさんはうなずいた。
「やっぱり、あんまりウソがつけないとか? そんな理由でやめちゃうんですか?」
「まあ、いろいろなパターンがあるけどね。
やめるときはその時計をきちんと事務所までもってきてほしいな」
「了解っす」とだけ言って、俺は事務所をあとにした。
バイトが見つかると、ついつい期限よくなるじゃん?
だから「drive to MY WORLD」を歌いながら自転車をこいで帰った。
高校生でバイトする必要あるのかと、とか言う人がいる。
俺もそう思うわ。
俺の母親は「勉強しろ」とは俺にほとんど言わない。
そのかわりに高校進学してからは、
「バイトしろ」とばかり言ってくる。
おかげでバイトをクビになったときは、けっこうしかられた。
「友達のせいでクビになった? 馬鹿なのアンタ?」とか。
「だから、つきあう友達は選べって言ってんじゃん」とか。
「いいから、早く次のバイトを探しなよ。今すぐね」とか。
俺の母親は、小学校にあがる前には両親を亡くしてたらしい。
大学生になった今でも、きちんと話を聞いてないから、
詳しいことはよく知らないけど。
ガキのころからずっと親戚の家に預けられて育ったせいか、
ほしいものをほしいと言えなくて、ずっと働きたくて仕方なかったらしい。
そのせいか、高校入ってすぐバイトをはじめたらしい。
それで、母親は俺にも「バイトしておけ」とのこと。
俺も小学校にあがるまでは、母親が離婚してた関係で、
親戚の家にあずけられてたから、気持ちは多少わかる。
で、俺が家に帰って。
さらに三時間ぐらいすると、ようやく母親が帰ってくるのよ。
すぐに俺は新しいバイトが決まったことを報告したわけよ。
「えらいじゃん。で、どんなバイトなの?」
俺はここで言葉につまったね。
よく考えたら
「人をだましてお金がもらえるんだわ」って、親に説明できないなって思って。
結局ウソをついて、学校からちょっとはなれたサイゼリヤって答えた。
もちろん大ウソだし、
そもそもサイゼリヤが本当にあるのかも知らない。
でも、母親は仕事で疲れ切ってんのか、
俺の言葉をこれっぽっちも疑わなかった。
「いいじゃん! ファミレスってめんどいし、ムカつくけど接客業はやっておけー」
ちょっと後ろめたいなあって思ったね。
ちなみにそのあとで、時計について聞かれてかなり苦しいウソをついたはず。
で、そのあとはメシ食って、風呂入って。
おっさんから言われたことがあって、
「家に帰ってからでいいから、一回ケータイからサイト確認しておいて」
ということだった。
言われたとおり確認した。
本気でびっくりしたね。
現在の給料みたいなことが書かれてる欄があって、
そこを見たら、すでに7000円って書かれてたんだわ。
しばらく考えて、俺はようやく気がついた。
すでに自分がウソを二回ついてるってことに。
一回目は、あのマシンガントークのお姉さんと話したとき。
二回目は、さっきの母親との会話のとき。
いやあ、正直とまどったね。
こんなんで、本当に金をもらっていいのかよって。
ちなみに我が家には、猫がいる。
ためしに俺は猫にもウソをついてみた。
「お前は実はメスじゃない。オスなんだぞ」
特になにも考えなかったし、なにも思わなかった。
さすがにこれはダメだった。
そのあと、オヤジが帰ってきたので母についたウソと同じものを言った。
給料の総額は、7200円になってた。
猫はアメリカンショートヘアーで、メスな。
ちなみにかなりの美人。
俺は考えてみた。
動物をだますのは、そりゃあ無理だ。
そして一度ついたウソだと、どうも効果がうすい。
しかし、これはうまくいけば、けっこうもうかるバイトかもしれない。
もっとも俺はそんなにウソをつくのがうまくない。
ついでに頭もそんなによくない。
次の日、俺は先輩に相談することにした。
ここらへんの会話はあまり覚えてない。
ただ、先輩のリアクションがかなり派手だった。
「え? 本当にあのバイトあるの?」からはじまり、
けっこう根掘り葉掘り聞かれた。
「ウソをつくか。だますのかわからんけど、そんな感じのことをすりゃあいいわけだ」
先輩は俺とちがって、勉強ができる人なんだわ。
俺の話しを聞くと、しばらく黙って考え出した。
けど、この時点では先輩はなんの提案もしなかった。
「もしまたなにかあったら、オレに言えよ」
「万が一なんかやばいことがあったら、オレに相談しろよ」
妙にニヤニヤしながら、そんなことを言った。
先輩がこういう顔をするときは、たいていろくでもないことを考えてるときだわ。
「なんなら、先輩もやればいいじゃないですか」
という俺の提案には「んー、考えておくわ」としか答えてくれなかった。
そのあと、俺は教室にもどってクラスメイトのクロダにウソをついてみることにした。
「次の時間の古文、小テストあるぞ」っていう質の悪いウソ。
まあクロダは勉強できないうえに、けっこうな割合で補習を受けてるので、
あっさりと俺の言葉を信じてうなだれだした。
「ていうかなんでお前が、そんなこと知ってんの?」
「さっき職員室行ったら、先生がプリント用意してるの見た」
俺も勉強ができるほうではないけど、クロダはクラスでも最下位争いするほどのアホ。
まあ結局、コイツはすぐあきらめてケータイをいじりだしたんだけど。
で、すぐにケータイでサイトに入って給料を確認してみた。
金額は7250円。
金額が変わったってことは、いちおうウソが成立したってことだ。
俺は思わず首をひねったね。
基準がわからない。
お姉さんについたウソ。
母親についたウソ。
そして、今回のクロダについたウソ。
どれもウソの質としては変わらないし、だますことはできてるはず。
そのあと。
古文の先生が来てクロダはテストがないことを知って、胸をなでおろした。
だました俺に文句を言いつつも、安心したのかそんなにつっかかってこなかった。
ついでに俺は「簡単にだまされるヤツが悪い」って言ってやった。
ひょっとすると、すぐにバレるウソだとダメなのかもしれない。
母親についたウソなんかは、バレてないわけだし。
ちなみに先に言っておくけど、俺は最期の最後まで、
このバイト先がどうやってもうけてるのか、知ることはない。
で、ここからが本題。
俺はその日の放課後に、先輩に呼び出された。
「ひさびさにナイスなアイディアが浮かんだ」
「ウソの話ですか?」
「当たり前だろ」
次に先輩が言ったことは、たぶんあと三十年は忘れない。
「お前、告白しろ」
急展開
さすがに「なに言ってんだ、この先輩」って思ったね。
俺って考えてることが、露骨に顔に出るタイプの人間なんだわ。
「なんだよ、その顔は」
「いや、わかるでしょ?」
「なにが?」
言いたくないから、俺はわざとぼかしたんだよ。
俺がイケメンだったら、そりゃあその提案を受け入れたかもしれない。
金はほしい。
でも、好きでもない女に告白して傷つきたくないじゃん。
実のところ、前にも先輩の女友達を紹介してもらったことがある。
ついでにデートもした。
けっこうかわいかったから、惚れかけたんだけど、
後日先輩から謝られて「あの子はやめとけ。あの子にお前はもったいない」って。
しかも自分でも言うのもなんだけど、俺は友達が少なくない。
頭の悪い連中ばっかだけど。
バレたらどんなふうにからかわれることやら。
しかし、先輩はゆずらなかった。
「大丈夫、今回はイケるって女子にこころあたりがある」
「いやいやいやっ! 絶対にいやだ!」
先輩は頭がいいだけじゃなく、そこそこのイケメンなんだよ。
背も高いし、なぜか俺のクラスでも知ってるヤツがかなりいる。
当然モテる。
そういう人種にはモテない人間の気持ちがわからないんだよな。
そのことを言うと先輩は、俺の両肩に手を置いた。
「だいじょうぶ。今回はB線の女だから」
設定も面白い
十分ぐらい先輩の教室の前で、言い争ってたのかな。
急に先輩が黙ったんだよ。
で、遠くを指さした。
「うわさをしたら……ほれほれ、あの子だって」
先輩じゃなかったら、バカヤローって頭殴ってたわ。
ちょっと遠くを歩いてたのは、ひとりの女子生徒だった。
俺はその人を知っていた。
ていうか、ほとんどの人は知ってるんじゃないかな。
たぶん、教師陣を除けば一番学校で有名な人。
生徒会長だった。
ちょっとここで、うちの高校について説明しておく。
もともと女子高だったうちの高校は、十年前ぐらいから共学になった。
男女比はだいたい4:6ぐらい。
女子校時代の名残なのか、うちの学校は女子のほうがつよい。
けっこう特殊な学校で、生徒の学力はまさにピンキリ。
滑り止めで入学する人間もいれば、高い志をもって入学する人間もいる。
俺はもちろん前者。
俺がキリなら、その会長さんは間違いなくピン。
生徒会長とか絶対に勉強しまくったりしてるだろ。
普段から、なあなあに過ごしてる人間からすると、
そういうまじめそうなヤツというのは、非常に苦手なのだ。
会長は俺たちのとこにたどり着く前に、教室に入っていった。
「どうよ?」
「ぜったい相手にされないですよ!」
「いいじゃん、相手にされなくても」
先輩の言うことは、ごもっともだった。
ようは俺は、あの会長さんに告白して玉砕すればいいだけなのだ。
しかし、さすがに釣り合わなさすぎる。
「ていうか先輩は、あの人と知り合いなんですか?」
先輩はブンブン首をふった。「しゃべったことない」
先輩は俺の肩に手を回してきた。
「今まで俺が、お前にしてやったことを忘れたのか?」
これを言われると、俺はなにも言い返せない。
実は俺、B’zが超好きで、ファンクラブも入ってる。
しかし、俺はとにかくチケット運がない。
そして逆に、同じB’zファンの先輩はチケット運がいい。
去年のライブとかは、良席のチケットを俺のためにとってくれただけでなく、
おごってくれたりもしていた。
ていうか、それ以外にも俺は、かなり先輩のお世話になっている。
「なんなら、今年のもいい席がとれたら、いっしょに行ってやってもいいのになあ」
この年は、冬にライブがあったんだよな。
俺は考えたすえに先輩に聞いてみた。
「なんで俺に、あの会長さんに告白させようとするんですか?」
めずらしく先輩がまじめな顔をした。
「面白そうだからに決まってんじゃん」
このあとも先輩に抵抗を試みるんだけど、最終的に俺は折れた。
そして後日、俺は会長に告白することになる。
「今からそれっぽい告白セリフを考えとけよ」
「で、でもどうやって会長さんと接触するんですか?」
「そこらへんはオレにまかせとけって。なんとかしてやるから。
それより告白セリフをしっかり考えろよ」
この会話のあと、俺は家に帰った。
そして玄関の扉を開くと同時に、先輩からメールがきた。
『明日の昼休みなら、例の会長さん時間あるって』
先輩の行動力にはいつも感心させられる。
今回にかぎっては「ふざけんなくたばれ!」って思ったけど。
この日は母親がめずらしく早く帰ってきた。
職場の同僚から『メリメロ』をもらったとか言って小躍りしてた。
「どうせ太るなら、うまいもんで太りたいよねえ。アンタも食べるっしょ?」
俺も母親の影響で、甘いもの大好き人間。
フルーツタルトだからなおさら食べたかったけど、明日のことを考えたら、
食べる気になれなかった。
なぜかこの日は『うちの猫のキモチがわかる本』を寝るまでずっと読んでた。
そして、次の日の昼休みになるわけだ。
うちの学校の最上階は、すべて特別教室になってるんだ。
だから休み時間なんかは、ほとんど人が寄りつかない。
昼休み。俺がのろのろと最上階にあがると、すでに会長はいた。
「ナガタくん?」
俺は必死でうなずいた。
完全にしどろもどろになってた。
名前を呼ばれただけなのにな。
会長の声は不思議と、耳にすっと入ってくるんだよ。
しかも近くで見ると案の定かわいいんだわ、これが。
女子高生ってニキビとかで肌荒れしてたりするじゃん。
でも会長のほっぺはスベスベ。触りてえなって思った。
「はじめまして、だよね?」って言われて、
ようやく俺は自分が陥ってる状況に気づいたわけだ。
告白以前の問題があった。俺と会長は初対面。
なんとか自己紹介をすませたときには、汗だくになってた。
会長は逆に落ち着いてたなあ。
なにを話して、なにを聞いたのか。ここらへんの記憶はほぼゼロ。
カリメロなら知ってるが
メリメロはフルーツタルトだよ。
で、絶対に成功しない告白をした。
『絶対に成功しない』って思ってるくせに、
会長の言葉が返ってくるまでの時間が、異様に長く感じたんだよな。
「ごめんなさい」って声が上から聞こえて、
ようやく俺は自分がお辞儀をしてることに気づいた。
顔をあげると会長は困ったような顔をしてた。
そりゃそうだわな。
俺はさっさと謝って教室にもどろうと思ったんだけど、
「ごめんなさいっていうのは、そういう意味じゃなくて。
ちょっと急すぎて、ついていけないっていうか」
たしか、続けてこんなことを会長は言った。
「もしよかったら、お友達からどうですか?」
「よろこんで!」って俺が大声で返したら、会長は笑ってくれたんだよ。
嬉しすぎてもう一度同じことを言った。
今度は苦笑いされた。
そのあとちょっと会話をして、
「じゃあまたね」って言い残して、会長は去っていった。
しばらくニヤニヤが止まらなくて、俺はその場にいたんだけど、
五分ぐらいすると急に憂鬱な気分になった。
理由はふたつ。
ひとつは、俺と会長には接点らしい接点がないってこと。
そう、どう考えても自分から会いに行かないかぎり、
俺と会長が交流することはまずないんだよな。
そして、ふたつめ。こっちのほうがもっと重要だった。
素直に申しわけないと思ったんだよ。
あんないい人の時間を、自分のウソで浪費させたのかと思うとね。
かわいいって、ある種の魔法だと思う。
教室にもどっても、しばらく俺は会長のことを考えさせられた。
そんな俺に先輩からメールがくる。
でも俺はこの時点では返信しなかった。
放課後に直接、先輩に話すことにした。
「やばいっすわ、先輩。あの人はボクにはもったいないですよ」
「その前に結果を教えろよ」
放課後。
俺は先輩の教室で昼休みのことを説明することになった。
一通り話を終えると、先輩は「まあ上出来じゃねえの?」と笑った。
「びっくりですよね」
「だから言ったろ? あの女はB線だって」
冷静に考えたらかなり失礼なこと言われてんだけど、
このときの俺は浮かれていたので「そうっすねえ」と先輩とゲラゲラ笑ってた。
「ところで、肝心の金はどうなったんだよ」
会長のせいで、完全に本来の目的を忘れていた俺。
ケータイからサイトに入って、給料の額を確認する。
思わずシャウトしてしまった。
ディスプレイに表示された数字は、
『4』と『5』。そのあとに『0』が三つ。
しばらく先輩は「ウソすげえ!」とはしゃいでいた。
べつにアンタが金をもらえるわけじゃないんだけどなあ。
ふと俺は、気になったことを先輩にたずねた。
「先輩って、会長さんと知り合ったんですか?」
どうやって昼休みの約束をとりつけたのか、ひそかに気になっていた。
「あの子の友達に頼んだんだよ。会長さんと話したいヤツがいる。
だから暇なときでいいから、話してやってくれって」
先輩は腕時計を確認すると、
「そろそろ学校でないと、バイト間に合わないから行くわ」と机から尻をどかした。
「やっぱりお前は、俺の見こんだオトコだわ」と先輩はうそぶいた。
しかし告白したからと言って、すぐになにか起きるわけじゃない。
大きな変化は会長に告白した十日後だった。
ちなみにこの十日の中で、例のバイト先にもう一度行っている。
口座番号を伝えるついでに、金の基準について聞いてみたかったからだ。
「ご足労をわずらわせて申し訳ないけど、それだけは教えられないんだよね」
「じゃあなになら教えてくれるんですか?」
「世の中には質問しても、教えてもらえないことがある。……ってことかな?」
例のおっさんが唇をゆがめた。イラっとした。
俺は洋画や小説に出てくるような、
気取ったしゃべりかたをするヤツが、だいっきらいだった。
「まあお金を手に入れるコツは、コツコツとだますことだね」
「ありがとうございました」とおっさんに言って、薄汚いビルをあとにした。
帰りに本屋に寄って、一時間だけ立ち読みしてから家に帰った。
さて、十日後。
このあいだに俺と会長は一度も会ってない。
そのことを先輩に言うと「バカヤロー」と俺を小突いた。
「てっきり、いっしょに下校ぐらいはしてるのかと思ったわ」
「そんなわけないでしょ」
「で? ほかにはなんかあった?」
「びみょうなウソをついてるぐらいで、特になにもしていないです」
「本当にほかになにかないのか?」
先輩が顔をグッと近づけてくる。
俺は会長に関連したエピソードを無理やりひねり出した。
この日の休み時間のこと。
みんなでダベっているところに、担任のアオヤマが入ってきた。
「誰か生徒会に立候補するヤツ、いないか?」
日本史担当でありながら、体育教師にまちがわれる担任の言葉には、
みんな、てきとうにしか反応しなかった。
ただし、俺だけは露骨に反応してしまった。
生徒会=会長。
そのことを話すと、先輩は口をとざした。
間違いない。この人はなにか俺にとってよからぬことを考えている。
「お前さ、役職はなんでもいいから立候補しろよ」
予想どおりだった。
なんでも、今回の生徒会選挙には会長も立候補するらしい。
しかも会長に立候補するヤツはひとりもいないらしい。
つまり、彼女の当選はほぼ確定している。
「お前も当選しろ。そうすりゃ、あの子とお近づきになれるぞ」
実のところ、人前で話すのはそんなに苦手じゃない。
中学のときは調子に乗って、生徒会をやったことがある。
ただし、条件がまったくちがう。
俺の通っていた中学は、ド田舎で生徒数がかなりすくなかったし、
顔見知りじゃないヤツを探すほうが大変なぐらいだった。
それにたいして高校は、1200人は確実にこえている。
そもそも、なんで先輩は俺と会長を仲良くさせようとするんだろ。
「ていうか。まず受からないですよ」
俺の言葉に先輩は首をふった。
「なんの考えもなしに、立候補しろなんて言うわけないじゃん」
今度は俺が首をふる番だった。
この人が断言したことは、まず外れない。
つまり当選してしまうってことだ。それは困る。
「じゃあわかったよ、当選しなくてもいい。立候補だけしな」
「なんでですか?」
「お前にとって利益があるからに決まってんだろ」
次の先輩の言葉を聞いて、俺は「なるほど!」と声をあげた。
全生徒の前で話す。
大勢の人間にたいしてウソをつける。
つまり、いっきに金もうけができるかもしれないってわけだ。
「悪くない話だろ? 政治家顔負けのホラをふいてやれよ」
「やばっ。ちょっと楽しそうですね」
俺と先輩は顔を見合わせてニヤニヤした。
で、単純な俺は体育館の壇上に立つことになる。
どうでもいいけど、担任のアオヤマには感謝された。
クラスの連中からは、メチャクチャからかわれたけど、気にしないことにした。
ついでに先に結果を書いておく。
俺は当選してしまう。先輩のちいさな策略によって。
後期生徒会役員選挙の当日。
簡単な予行演習を終えて、本番。
予行演習には会長がいなくて、すこしガッカリした。
壇上から大勢の生徒を見ると、さすがに緊張せずにはいられなかった。
しかも俺はトップバッター。
進行役の生徒がしゃべりだして、しばらくして俺の名前が呼ばれた。
椅子から立ち上がって、マイクの前に立つ。
深呼吸をしてから、俺は口をひらいた。
「今回、後期生徒会……」
すぐに俺は気がついた。マイクが反応していないことに。
さすがにこれには焦る。
声が届かないんじゃあ、聴衆をだませない。ウソをつけない。
焦る俺。だけど救いの手は予想外のところから来た。
不思議なことに歓声があがったんだわ。
なにかと思ったら、マイクをもった会長が舞台袖から出てきてた。
会長は俺のところへ来ると、
「がんばって」とにっこり笑って俺にマイクを手渡した。
俺は思わずかたまってしまった。
誰かが歓声をあげて、なぜか拍手がわいた。
そのあと俺は、こころにもないことをひたすらしゃべりまくった。
演説を終えてパイプ椅子にすわると、ここちのいい達成感がわいてきた。
生徒会に立候補するヤツって意外と多いんだよな。
演説がはじまってから、休憩をふくめて一時間半はたっていた。
とちゅうから半分寝かけてたんだよ、俺。
たぶん、半分以上の生徒も同じような状態だったはず。
でも急に目が覚めた。
会長が演説をはじめたんだよ。
俺だけじゃなかったんだよ。
会長が話し出したら、みんな顔をあげて聞いてんだよな。
この人の声は不思議な魅力があるのかもしれない。
内容じたいはごく普通だったし、簡潔で演説時間も一番短かった。
きれいにお辞儀すると、会長は舞台袖にもどった。
ゆいいつ、もっと聞いていたいって思わせる演説だったね。
長すぎる演説会がおわって教室でクロダとダベっていると、
先輩から電話がかかってきた。
『お前当選したよ。ぶっちぎりだったって』
どうして選挙管理員でもない先輩が、選挙結果を知っているのか。
しかも、結果報告は三日後のはずだ。
『選挙管理員のヤツから聞いたんだよ。
てか、オレの言ったとおりになったでしょ?」
あのマイクトラブルは、先輩の仕組んだものだった。
選挙管理員をうまく言いくるめたらしい。
ちなみに最初に声をあげたのも、先輩だったそうだ。
『それより給料の確認しろよ』
先輩との通話のあと、すぐに俺は給料の確認をした。
いったいどれだけ給料があがってるのか。
サイトを開いて、すぐに今の給料を確認する。
あれだけの人間の前でウソをついたんだ。
会長ひとりだけで、あれだけ給料があがったんだ。
わくわくしてディスプレイを見た。
千円だけあがってた。
俺は図書室で考えていた。
給料の基準がわからない。
俺の予想では、今回ですくなくとも十万ぐらいにはなると思っていた。
実際は千円。
俺は思ってもないようなウソを演説で言いまくった。
『お前ら全員だまされろ!』って思いながら、言葉を並べた。
演説なんてものは、もとからウソが前提だし効果がうすいのか?
もしくは俺の演説は、誰にも聞かれていなかった?
ちなみに。なぜ図書室で残っているのか。
今日は母親が休み。
そして、俺はファミレスでバイトをしていることになってる。
毎日早く帰ると、バイトをやってないことがバレる。
というわけで俺は、図書室で時間をつぶしていた。
てきとうに手にとった『黒い家』っていう本を読んでいたけど、
全然頭に入ってこなくて読書はやめた。
俺は知り合いがいないか確認して、ノートを開いた。
ちょうどそのとき、会長が入口から入ってきた。
俺は無意識に彼女を目で追っていた。
歩いている会長を見ていて気づいたんだけど、この人、
歩き方がすごいきれいなんだよ。
背筋がすっと伸びていて、落ちついた物腰。
会長は俺の視線に気づいたのか、こちらを見た。
会長が俺を手招きした。
「演説慣れしてるんだね」
図書室を出て中庭につくと、会長は俺にそう言った。
「会長さんのほうが慣れてるじゃないですか。ボク、感動しましたよ」
本心だった。俺は会長の演説を、もう一度聞いてみたいとすら思っていた。
「それ、本気で言ってるの?」会長が目を丸くする。
目が大きい人って、表情の変化がわかりやすいんだよ。
「ホントです。会長が演説したら、みんな顔をあげたんですよ!」
「キミもわたしが演説するまで寝かけてたよね」
会長に笑われて、俺は顔をこわばらせた。
「あまいなあ。見てないと思った?」
会長はニヤリと笑った。
のちのち知ることになるんだけど、この人はけっこう個性的な人なんだ。
「でも、どうしてボクを見てくれてたんですか?」
「やだあ!」と会長が俺をどつく。けっこう威力がつよかった。
「あの。けっこう痛いっす」
「ご、ごめん。だいじょうぶ?」
「だいじょうぶです。それで、なんでですか?」
「だってナガタくん、わたしに告白したでしょ」
言われるまで、本気で自分が告白したことを忘れていた。
そうだよ、俺は会長にウソをついていたんだ。
ここから先の会話は、完全に覚えている。
「ひとつ聞いていい?」
「なんですか?」
「どうしてわたしに告白したの?」
答えられない俺に、さらに会長がたたみかけてくる。
「なんの理由もないの?」
俺は思わずこんなことを言っていた。
「よくそんなことを、ストレートに聞いてきますね」
「わたし、遠回しなのはあんまり好きじゃないからさ」
俺は足りない脳みそで必死に考えた。
「いや、なんていうか一目ぼれに近いものなんです。
日ごろから壇上に立ってる会長さんを見てて、すげえなこの人って思ってて。
気づいたら好きになってました」
文章にするとサラッと言ってるように見えるけど、
実際に言い終わるのには、そうとう時間がかかった。
俺が言ったことは、ほぼウソだった。
そしてメチャクチャだった。
今日の演説を聞いて会長は、俺にとって完全に『遠い人』になっていた。
「キミもかなりすごいことを言ってる気がするんだけど」
「言われてみると」と俺は頬をかいた。
「もしかしてけっこうチャラいの?」
「ボクがチャラかったら。世の中の人、みんなチャラいですよ」
「わたし、キミが思ってるような人じゃないと思うよ?」
会長は続ける。「けっこう性格もアクがつよいって言われるし」
「それでもいいわけ?」
「なにがいいんですか?」
「わたしでもいいのかってこと?」
会長の言葉を理解できないまま、俺は人生で一番深くうなずいた。
けっこう沈黙の時間が続いた。
「よし、わかった」と会長が俺を見た。
緊張したように深く息をすうと、会長は言った。
「つきあおっか」
でドキドキしてしまってわろたww
意味が理解できなかった。
なんだこの質の悪いラブコメみたいな展開は。
「もういっかい同じことを言ってもらってもいいですか?」
「つきあおっか」
「つきあうってことの意味、わかってますか?」
「失礼な。しっかりわかってるし、もうデートプランまで練ってるよ」
「本気ですか?」
「え? 結婚も前提に考えてるの?」
「そこまでは、さすがにわたしも」と会長は眉毛をまげた。
自分でアクがつよいって言うだけのことはあるのかもしれない。
それから俺と会長は、同じようなやりとりをしばらく続けた。
引っ張る必要はないね。
俺と会長はつきあうことになってしまった。
「会長ってB線だったりしますか?」
会長は驚いたように、口もとをおさえた。
「どうして知ってるの?」
「風のうわさで聞きました」
「誰が風を流してるんだろ。そういうのやめてほしいなあ」
会長は頬をふくらませる。
「どうしてですか?」
「わたしが好きになった人にもうしわけない」
「ああ、なるほど」
「実際に否定できないし」
なにも言えなくなった俺。会長があわててフォローする。
「あ、ちがうよ。ナガタくんは、その……」
会長が口をもごもごさせる。
「ねっ? うわさって誤解を招くからよくないでしょ」
最終的にそう結論を出した。
「こういうのは、きっちりしておきたいから」
会長が俺にまっすぐ向きなおる。
「わたしとつきあってくれますか?」
「え? あ、はい……」
「わたしのこと好きなんだよね?」
「そ、それはもう……好きです」
「わたしも好きですよ」と会長は敬語で言った。
こうして俺に彼女ができた。
家に帰ってから、俺は本気で頭をつかって考えた。
彼女ができた。しかも会長みたいな、ステキな人。
だけど、俺は素直に喜べなかった。
今からでも「ごめんなさい」と謝るべきなのでは?
会長と俺ではどう考えても釣り合わない。
しかし、同時に俺はとんでもない利益を得てしまった。
俺はケータイのディスプレイをもう一度見た。
表示された額は――
十万円。
また明日の夜
これは金額設定には何か明確な基準があるんかね
>>1乙
漫画とかだと、生徒会というのは異様な権力をもってたりするじゃん。
現実の生徒会は想像のはるか下をいっていた。
選挙から四日後、俺たちは初顔合わせをした。
で、仕事の話になったんだけど。
「こんな数行の文章を先生にチェックしてもらう必要があるんですか?」
「もちろん」と会長はうなずいた。
朝礼のときに、生徒会からの連絡みたいなのってあるだろ。
時間にして三十秒にも満たない連絡でさえ、
事前に先生にチェックしてもらう必要があるらしい。
ほかにも会長から聞いた話では、
ほぼ地味なものしかなかった。
特に前期の役員に比べると、後期の役員は地味な仕事しかないらしい。
これはイベントらしいイベントが、卒業式ぐらいしかないせいでもある。
「まあわたしたち、先生の奴隷みたいなものだから」
「とりあえずがんばろうね」と会長は、最初の議会をしめた。
俺と会長はつきあうことになった。
でも最初らへんは恋人らしいことは、ほとんどしなかった。
ていうか、会長がいそがしすぎるんだよ。
あの人は生徒会活動以外にも、部活動もきっちりやってた。
『英語部』みたいな名前だったはず。
英語でディベートをやったり、演劇をやったりする部活に、
所属しているらしい。
しかも部活や生徒会活動がないときでも、
放課後は図書室に残って勉強してるしな。
メールこそ一日一回はきちんとしていたけど、
その内容も、人にわざわざ話すようなものではなかった。
さらに休日は休日で、部活だったり、
そのほかにもなにか用事があるらしく、俺たちが会うことはない。
ある意味、気がらくと言えばらくだったけどさ。
ウソではじまったこととは言え、「なんかなあ」と思わずにはいられなかった。
先輩にそのことを相談してみたけど、
俺にはハイレベルすぎて、まねできるような内容ではなかったので、
結局参考にはならなかった。
だけど、俺と彼女は意外なことで仲良くなったんだよ。
その日はなぜか、ほかの執行部の人たちが生徒会室に来なかった。
月曜と木曜は、この部屋に集まることになってるんだけど、
俺以外のメンバーがこないわけ。
最初の十分ぐらいはボーッとしてたんだけど、
この部屋がすばらしい空間だということに気づいたんだよ。
誰もいない場所。
大学ノートを開いて、俺はその作業をはじめた。
ほどよく静かな空間って、集中するのにはもってこいなんだよな。
だから会長が部屋に入ってきたことに、
すぐには気づけなかった。
「なに書いてるの?」
俺は思わず飛びあがりそうになった。
たしか、驚きすぎてノートを投げた気がする。
俺も驚いたけど、会長もそうとう驚いていたはず。
「ほら、ものは大事にしないと」
会長は俺のノートを拾ってくれた。
てっきりノートについて聞かれるかと身構えたんだけど、
彼女はなにもたずねてこなかった。
かわりに会長は今日の活動に参加するのが、
俺たちだけてあることを教えてくれた。
この時点の生徒会活動で、皆勤賞だったのは俺だけだった。自分でも意外。
その日は話しあうこともなかったので、すぐに活動は終了。
会長はすこしこの部屋で勉強していくと言ったので、
「じゃあ俺もそうします」って、俺もいっしょに残った。
やっぱり俺は、会長と仲良くなりたかったんだろうな。
ちなみに会長のノートは、小さな文字で埋めつくされていたなあ。
それで、俺なんだけど。
カバンの中に、教科書なんて一冊も入ってなかったんだよ。
『置き勉』してるんだから当然だった。
席を立とうとしたら「待って」って、
会長に引き止められたんだよ。
「置き勉してるから勉強できないんでしょ?」
「なんでわかったんですか?」
「普通にわかるでしょ」って会長は得意げな顔をした。
ちょっと口もとがニヤけそうになった。
くだらないことだけど、会長は俺のことを見ていてくれたんだから。
会長はノートをパタンと閉じた。
「とりあえず座りたまえ」と会長は俺に座ることをうながした。
言われるまま座る俺。
「せっかくふたりっきりなんだし」って会長は言った。
それで、ぎこちない会話がしばらくは続いた。
「テニスが好きなんだっけ?」
「まあ、中学のときにやってたんで」
休日にはなにをするかって話になった。
たしかに俺は中学のときに、テニスをやってた。
でも高校生になってからは、実はテニスは一度もやってない。
だけど休日はテニスしてますって言ったら、
すこしはかっこうがつくじゃん。
ちっちゃな罪悪感を感じつつ、俺はてきとうなウソを並べた。
「ほかにも好きなことはないの?」
会長にそう聞かれて、俺はすこし考えた。
話しはじめて気づいたんだけど、会長って聞き上手なんだよな。
相槌のうちかたとか、質問のタイミングとかが絶妙なんだよ。
なにより俺の話を聞いてくれる表情が、コロコロ変わって楽しかった。
だからかな。
思わず本当のことを言いかけた。
「物語」って口から出てきてしまった。
「物語?」と会長が首をかしげる。
俺は急いで言葉をつけ足した。
「物語を読むのが好きなんです」
「読書好きってこと?」と会長が身を乗り出してきた。
読書好きかと言われると、ちょっとちがうような気がする。
たしかに本を読むのはきらいじゃない。
でも、読んだことがある本はそんなに多くない。
俺のまわりってアホなヤツが多いわけだ。俺もふくめて。
だから本とか読んでると、まわりの連中が言ってくるわけだ。
「本とか読んでるとバカになるぞ」
「カッコつけてんじゃねえっつーの」
「文字書く暇があるなら、汗かけ!」
最後のセリフは、休み時間に本を読んでた俺にクロダが言ったこと。
それは俺じゃなくて、書いてるヤツに言え。
そんなまわりの環境のせいか、俺は読書はそれほどしなかった。
ていうか。
やっぱり、そんなに本を読むのが好きじゃないだけかも。
「どんな本が好きなの?」
「えっと、バッテリー?」
「テニス部だったのにバッテリー読んでたの?」
読んでなかった。でも俺は「はい」と返事した。
「せっかくだし海外の小説とか読んでみない?」
「英語読めないから無理です」という非常に頭の悪い回答をした俺に、
会長が「翻訳されたものだよ」とバシっとツッコミを入れた。
ここからの流れは早かったな。
会長は俺の腕を引っぱって、図書室まで連行すると、
おすすめの海外の小説をいろいろと紹介してくれた。
「ボク、外国の小説で読んだのって、
『頭の悪い人が急に頭が良くなる話』だけなんですよね」
「ああ、アレね」って会長は笑ってたな。
英語教育にかなり力が入ってる高校だからか、
図書室にはけっこう海外小説があったんだよ。
で、会長は読みやすそうなものをチョイスしてくれた。
「読んだら感想聞かせてね」
会長が嬉しそうにわらったんだよ。
この笑顔が見れるなら、がんばって読もうかな。
そう思って、家に帰ってからすぐに読みはじめた。
本を読んで、その感想で盛りあがって仲良くなる。
そんな俺の目論見はあっけなく粉砕した。
会長がすすめてくれた本を、俺は一冊も読みきることができなかったんだよ。
目がすべるって言うのか?
文字を目で追っても、全然その内容が頭に入ってこないんだわ。
申しわけないと思いつつ、俺はケータイで給料を確認した。
給料の額はまたあがってた。
つまり、俺は読書がそんなに好きじゃなかったってわけだ。
すくいだったのは、
会長が本の感想をメールとかで聞いてこなかったことだな。
次の生徒会までになんとか読もうと思ったけどむりだった。
246: :2014/04/23(水)23:54:47 ID:
「本読めた?」
生徒会が終わったあと、ふたりっきりの部屋で会長が聞いてきた。
ニコニコ顔の会長から、俺は目をそらす。
いちおう俺は、読めなかった本のあらすじとか感想は調べてたんだ。
これに関しては、俺は会長をだまそうと思わなかった。
「読めませんでした! すみません!」
目を丸くする会長。
給料がどうなってるのか気になる!!
俺は正直に読みきれなかった理由を話した。
漠然とした説明で、わかりにくかっただろうけど
会長は「そっか」と最後にはうなずいた。
軽蔑されたらどうしようという俺の心配は、とりこし苦労に終わった。
彼女は俺の予想とは裏腹に、
どういうわけか嬉しそうだったんだよ。
「はじめてなんだ。そんなふうに『本読めません』って言われたの」
「しかもすごい熱心な説明だったしね」と会長。
俺は申しわけなさすぎて、なにも言えなかった。
「スパッとそうやって言われるのって意外ときもちいいね」
俺はますます困ってしまう。
嫌味ではないようだけど、すげえ居心地が悪かった。
「実は物語を読むのは好きじゃないんですよ、たぶん」
「たぶん?」
俺は言った。
「好きなのは、書くことなんです」
「ほほう。ひょっとしてあのノートって、お話が書いてあるの?」
会長の言うとおりだった。
俺はひそかにノートに思いついた話を書きこんでいた。
もっとも、ほとんどはとちゅうで終わっている。
しかも『なんか変な話』というだけで、全然ストーリーとして成立していない。
とてもじゃないが、人に見せられるようなものじゃなかった。
だけど会長は「見せてくれない?」と顔をよせてきた。
「ぜったいむり!」
「どうして?」
「さすがに恥ずかしいです!」
先輩は「ざーんねん」とくちびるをとがらせる。
「じゃあさ。どんな話を書いてるかだけは、教えてくれない?」
まあそれぐらいならいいか。
読まれたくはないけど、聞かせたいとは思ったんだよな。
俺はいくつか、簡単な話のあらすじを説明してみた。
インターネットの掲示板にあらわれる幽霊の話。
年下の母親と暮らす娘の話。
物語を書くのが趣味なのに、誰にも見せられない人の話。
「えー、すごく面白そうなのに」
「だけど、どれも完成してないんですよ」
「じゃあ完成したら、読ませてくれない?」
会長の言葉は俺をうなずかせた。
会長はにっこりと笑った。
「会長の好きなことはなんですか?」
よくよく考えてみると、俺が会長について聞いたのは、
このときがはじめてかもしれない。
いつも会長が俺について質問することはあっても、その逆はなかった。
「わたしのことが聞きたいの?」
「はい。すげえ聞きたいです」
意外なことに。
会長は自分のことを話すときは、どこか恥ずかしそうだった。
会長の話を聞いていたら、あっという間に時間がすぎていった。
ちなみに給料は増えることはあっても、減ることはないんだ。
しかも不思議なことにこの日の終わりに給料を確認したら、
なぜかさらに増えていた。
まあ減ってないならいいかと、俺は深く考えなかった。
これがきっかけで、俺たちはすこしずつ仲良くなった。
会長は人を笑わせるのが好きだった。
しかも、人を笑わせるようとするときにやるギャグが、絶望的に面白くない。
「ナガタくん、見て見て。いえすいえすいえーす」
かなり前にやっていた宣伝のモノマネだった。
笑わない俺に向かって、さらに追撃してくる。
「ふりかえらないで~いまきみはすてきだよ~」
あげくのはてに小田和正のオフコースを歌いだした。
これ以外にも、会長はよく人前で一発ギャグをひろうして、
そのたびにまわりの空気を冷やした。
どうして会長が一発ギャグを好むのか。
実はけっこうまじめな理由があったりする。
俺がそのことを知ったのは、
生徒会の用事で会長と職員室に行ったときだった。
職員室に入ったら、外国人講師が会長に声をかけたんだよ。
そしたら自然に会長が英語で話し出してさ。
流暢に英語をしゃべりだした先輩は、別人みたいだった。
英語がだいっきらいな俺は、その様子を見てることしかできなかった。
「ほかの国の人と話すのにね」と会長は前置きした。
「言葉につまったりするでしょ?
だからどうやったら、うまくコミュニケーションできるかなって考えたんだ」
「それで、一発ギャグを思いついたんですか?」
「留学生でも有名なギャグならわかったりするからね」
このとき会長はもうひとつ俺に教えてくれた。
会長は高校生の間に、できれば留学したいらしい。
もとからうちの高校は、その手の制度が充実していたんだ。
それが目的でこの高校に入学したんだそうだ。
「実は留学費を稼ぐために、ファミレスでバイトとかもしてるんだ」
会長は自分のくちびるに指をあてた。
「バイトのこと、誰にも言ってないんだよ。ひみつね」
俺は何度もうなずいた。
このころになると、俺のバイト代はほとんど変動しなくなっていた。
以前のような、会長に対する後ろめたさは消えていた。
当たり前だった。
ウソはいつまでもウソではいてくれなかったんだよ。
俺は会長のことを本気で好きになってたんだ。
会長のことを知れば知るほど、俺は彼女のことを好きになっていた。
しかし本気で好きになったからと言って、
今の状況が変わるわけじゃなかった。
俺が本気で会長を好きになるころには年をまたいでいた。
実はこのあいだに、クリスマスとかはいっしょにすごしたりしたんだよ。
ただし、会長の家で。しかも家族とだったけど。
俺たちはまだ手をつなぐことすらしたことがなかった。
俺は考えてみた。
けじめをつけないと、前に進むこともできないんじゃないかって。
いろいろ考えたすえに、バイトをやめるっていう結論が出た。
自転車をこいでバイト先へ急いで向かった。
自転車をてきとうな場所へ止めて、ビルへ入ろうとした。
でも、俺はそこで立ち止まった。
それどころか反射的に物陰に隠れた。
ビルの玄関から、見知った顔が出てきた。
会長だった。
いっしゅん、会長に声をかけようかと思った。
でも俺はその場所から動けなかった。
会長の背中を見送って、俺はすぐにビルに入った。
受付の人に頼んで、例のおっさんを呼んでもらう。
例のおっさんのところへ案内されて、俺はすぐにたずねた。
「ああ、あの子とナガタさんは知り合いなんですか?」
「はい。もしかしてあの人もバイトをはじめたんですか?」
「いいえ」とおっさんは否定した。
「逆です。やめたんですよ」
「ある意味で、非常に素質のある子でしたからね」
「残念ですよ」とため息をもらすおっさん。
とちゅうから、おっさんの言葉は耳に入ってこなかった。
「なんでやめたかなあ」とか。
「まだまだ続ければいいのに」とか。
断片的な言葉だけが、重くのしかかってきた。
本来の目的を忘れて俺は家に帰った。
たぶん、だいたいの人は予想できてたと思う。
イケメンでもないヤツに、かわいい女子がつきあってくれる。
まあ漫画やドラマだとありふれてるし、
現実でもありえない話ではない。
いわゆる運がいいヤツ。
俺もそういう運がいいヤツだって思ってた。
でも、どうやらちがったらしい。
そもそも。
先輩がこのバイトをもちかけたところから、デキすぎてたんだよな。
バイトが実在することを知って、
先輩はすぐに会長に約束をとりつけることができた。
俺の演説のとき、会長が真っ先にマイクを渡しにきたとこだって、
冷静に考えればデキすぎていた。
すくなくとも、知り合いどうしじゃなきゃありえない。
あのふたり、なんか似てるなって思った場面がいくつかあった。
ある昼休みのとき、俺は先輩にあることで愚痴ったんだ。
「馬鹿にされた? 読んでる本を?」
「そうなんですよ」
現国の授業で、ちょっとしたグループワークがあった。
好きな本のプレゼンをしたんだけど、
そのときに同じ班のヤツに「そんなの読んでるのかよ」って馬鹿にされたのだった。
普段だったら、そのていどのことは気にしない。
だけど、そいつが紹介した本に問題があった。
会長が俺におすすめしてくれた海外小説(俺が読めなかった本)を、
そいつは意気揚々と見せてきたんだよ。
「器がちいせえな、お前」と話を聴き終えると、ニヤニヤしだす先輩。
「自分でもそう思います。でも、なんか……」
「そんなクソ野郎のことなんて、気にすんなよ」
「ボクもそう思うんですけど、ムカつくんですよね」
「むずかしいもん読んでたらえらいのかっつーの」と俺は続けた。
「いや、そんなことねえよ」と先輩は否定する。
「その本を書いたヤツには間違いなく価値がある。
でもそれを読んだヤツには、なんの価値もねえよ」
「そいつはその本に時間をうばわれただけなんだよ」
先輩の言葉が、俺には理解できなかった。
「ドラマだろうが映画だろうが人間だろうが漫画だろうが、
魅力のあるもんは時間をうばうんだよ」
「どういうことですか?」
「すげえ面白い映画とかあるだろ?」
先輩は続ける。
「ああいうのって、見てるとあっという間に時間がたつじゃん」
「あれは時間をうばわれてんだよ」
「映画に限定しなくてもいい」
「好きなヤツといる時間が、異様に早く感じたりするのも同じ」
「価値や魅力のあるものは、どんどん人から時間を吸い取るんだ」
わかるような、わからないような理屈だった。
まあ先輩は、人をその気にさせる天才なので、
思いついたことをその場で言っただけかもしれない。
「ついでに言うと、そういうのは麻薬といっしょで危険でもある」
「変な勘違いを生み出すからな」
「今お前が話に出したヤツが、いい例だ」
「価値のあるもんに触れると、自分にまで価値があるって錯覚するんだよな」
「たとえば、なにかを批判するときに、例としてべつのものを出すことがあるだろ?」
「あれってなんでだと思う?」
先輩の質問に、俺は「わからない」と答えた。
ていうか明らかに話が脱線している。
「お前が今からオレとケンカはじめるとするじゃん」
「そのときに、近くに金属バットがあったら使うだろ?」
ようやく俺は理解して「おおっ!」と声をあげた。
思い返してみると、すこしズレた比喩なような気がしないでもない。
「魅力的な女子といると、自分がイケてんじゃねって勘違いしちまうよな」
先輩が俺の肩に手をまわしてきた。
「最近はうまくいってんの?」
「なんの話ですか?」と俺はとぼけた。
「あの子のことに決まってんだろ」
「まあ、たぶん」
「お前も時間をうばわれてんじゃね? あの子にさ」
それは否定できなかった。
先輩の言うとおり。
会長のことを考えている時間は、確実に増えていた。
会長も時間について話したことがあった。
たしか、俺が会長にこんな質問をしたんだよ。
「会長とボクってすごしてる時間がちがうんじゃないですか?」
我ながらアホだとわかる発言だと思う。
「どういうこと?」と会長が聞かれて俺はこまった。
思いついたことをそのまま言っただけだったから。
「なんていうか、会長っていろんなことをやってるじゃないですか」
「勉強に部活にバイトに生徒会」
「同じ24時間をすごしているとは思えませんもん」
俺がそう言うと会長は、腕をくんでうなった。
「んー。そうかなあ?」
会長はポツポツと話しはじめる。
「なんていうかな」
「とりあえず、今はなんでもやってみるときなのかなあって」
俺は「なんでも?」と会長の言葉を反復する。
「なにをやるにしても、時間って必要でしょ?」
「でも時間ってかぎられてるよね」
そこで会長は言葉を切った。
「そのかぎられた時間を捧げてもいいって思えるもの」
「自分の時間をあげてもいいって思えるぐらい魅力的なもの」
「そういうものを探してるって感じなのかな」
会長は照れくさそうに言った。
そのあとも俺はいろんなことを先輩に質問した。
俺と会長の会話を聞いていた、ほかの生徒会役員は、
「教師と教え子みたいだね」と笑った。
ほかにもふたりっきりになったとき、会長はこんなことを聞いてきた。
「わたしといて楽しい?」
「楽しいです。会長といると早く時間がすぎちゃうんですよ」
俺は自分の腕時計を指さした。
「じゃあわたしはナガタくんの時間をもらってるわけだね」
その言葉に俺は首をかしげた。
「じゃあ会長はボクといっしょにいる時間、長く感じますよね」
「あ、ちがうよ。わたしもだよ。ふたりの時間ってすぐ終わっちゃうもん」
会長はあわてる。
「でもたしかに、時間をもらうって表現はおかしいね」
すこしの沈黙のあと、会長は顔をかがやかせた。
「じゃあ食べてるんだよ」
「食べてる?」
「ふたりで時間を食べてるから、早くすぎるんだよ」
「なるほど」と俺は納得したけど、ピンと来てなかった。
顔に出てたのか、会長は「やっぱ変なたとえだよね」としょんぼりした。
へこんだ会長もかわいかった。
けど、俺は会長に笑ってほしかったから、
一発ギャグをやる会長をする彼女のモノマネをした。
「わたしのほうが面白い」と不満そうにしたけど、会長は最終的に笑った。
「たのしいね」
「うっす」
そうだよ。俺は本当に楽しかったんだ。
だけど会長はどうだったんだろう。
俺は気づいたら、先輩にメールしていた。
明日の昼休みに会ってほしいとメールを送った。
会長に事情を聞く前に、俺は先輩に相談することにした。
「どうしたんだよ」
先輩はいつもの調子でそんなことを聞いてきた。
俺はすぐさま切り出すつもりだんだけど、勇気がわかなくてさ。
「歌詞クイズやりましょうよ」とかアホなこと言ってしまった。
「じゃあボクが答えるがわで」
「俺が質問するほうか」
「はい」
「うかない顔みせて一日おわってく、やっぱり……」
「白い火花」
「正解。じゃあ、悪いやつ、もちろん悪い……」
「ケムリの世界」
「やるなあ。さすがオレとライブだけはあるな」
「これぐらいは楽勝ですよ。次どうぞ」
「じゃあこれは? 『朝起きたらきみが、長い旅にでていった』」
先輩が俺の知らない曲を言った。
「で、ぶっちゃけ話したいことがあるんじゃねえの?」と、
先輩が俺に聞いてきた。
「今の曲、ボク知らないんですけど」
「今度教えてやるからオレの質問に答えろよ」
「いや、べつに」となぜか俺は否定してしまう。
「じゃあなんでオレを呼んだんだよ?」
「気分っす」と俺が答えると、先輩は「ふうん」とケータイを開いた。
先輩は面白い画像があるとか言って、俺に画像を見せてきた。
「それ、どんどんスクロールしてけよ」
言われたままケータイの画面をスクロールしていく。
そのとき、メールがきた。
例のバイト先からのメールだった。
先輩は気づいていない。
俺は無意識にそのメールを開いていた。
メールの内容は例のバイトを再開しないか、というものだった。
「どうしたんだよ」って先輩の言葉が妙にぼやけて聞こえたね。
頭の中がごちゃごちゃになってて、反射的に先輩にケータイを見せた。
「これ、どういうことですか?」
さすがに先輩の表情が変わった。
「どういうことなんすか?」
「いや、それは……」と先輩が目をそらす。
頭の悪い俺だけど、今日までにだいたいの流れは予測できていた。
「先輩と会長は、もとから知り合いだったってことですよね?」
「そうだ。そうだけど、それには事情が……」
心臓がすごいバクバク鳴ってた。
それなのに頭の中は妙に冷えきってたんだよ。
先輩は口がうまい。ごまかされるかもしれない。
そう思った俺は、先輩を呼び出しておいてその場をあとにした。
やっぱり冷静な状態ではなかったね。
俺は会長の教室につくと、すぐに彼女を引っぱって最上階へと向かった。
会長がなにか俺に聞いてきたけど、全部無視した。
「どうしたの? なにかあったの?」
「会長。会長は、人をだましてお金をもらえるバイトは知ってますか?」
先輩と同じで、いっしゅんで表情が変わった。
本気でショックを受けた。
なにせ、これでだいたいのことはわかったんだからな。
会長と先輩はもともと知り合いだった。
先輩か会長か。
どちらが今回のことを提案したのかは、知らない。
だけど目的ははっきりしてる。
金を手に入れるため。
先輩の提案がきっかけで俺は会長に告白。
そして、会長は俺の告白を受け入れた。
そう。全部仕組まれていたんだ。
実はこの可能性を考えたことがないわけじゃない。
でも実際にその事実に直面すると、ショックすぎて涙が出そうになった。
こっから俺のみっともなさが爆発した。
「俺も会長のことだましてたけどな!」と俺は声をあらげる。
実際そのとおりだけど、負け惜しみのようなものだった。
ウソからはじまった関係だけど、俺は会長を本気で好きになってた。
自分でも、なにを会長に言ったかは覚えてない。
ひとつたしかなのは、このときの俺は絶対にみっともなかったということ。
よくよく考えたら、最初にだましたのは俺なのにな。
自分のことを棚上げして、俺は意味もわからず言葉を並べた。
会長はだまって俺の言葉を聞いて、最終的には頭を下げた。
最悪だった。
それは会長が俺のをだましていたことを認めたって意味だから。
今考えると、俺って本当に最低だと思う。
だけどこのときは、自分が一番不幸だと思えるぐらいにショックだった。
たぶん「アンタなんか好きでもなんでもない!」って怒鳴り散らした。
会長が悲しそうに目をふせたとこまでは、記憶にある。
あとは逃げ出した。
その日は家に帰ってしまって、
翌日担任のアオヤマにメチャクチャしかられた。
家に帰って、あるていど落ちついてから、
俺は給料の確認をした。
給料は俺の予想どおり、あがっていた。
また俺は泣いた。
ここから、俺と会長は一切口をきかなくなる。
まわりは俺たちの変化に気づいてたみたいだった。
まあ誰もこのことには触れなかったけど。
俺と会長が次に会話をするのは、一年以上あとになる。
俺が二年になるとき、会長は本来なら三年生になるはずだった。
だけど彼女は休学して、留学した。
このことは同じ生徒会役員で、会長と仲良かった会計の人から聞いた。
「ふたりとも仲良かったのに、どうしちゃったの?」
俺は適当にごまかした。
けど、彼女はちょくちょく俺のことを気にかけてくれて、
それがきっかけで仲良くなった。
会長のことがきっかけかは、わからないけど、
二年になって俺はかなり変わった。
自分でも意外だったけど、俺は次の生徒会選挙でも立候補した。
今度は会長だった。
一発ギャグをやって無理やり当選した(ただし、先生にはこっぴどく注意された)。
はっきり言って、後期の生徒会に比べれば前期のそれは、
大変さの度合いがまったくちがった。
多少後悔したけど、今思うとやっていてよかったと思う。
忙しいおかげで、いろいろと面倒なことを考えずにすんだ。
特に俺がもっとも変化したのは、勉強だった。
自分でも不思議なんだけど、
二年になってからはずいぶんまじめに勉強したんだよ。
おかげでいっきに成績があがった。
バイトは二年になったと同時にやめにいった。
そのさいに俺は、おっさんにこんなことを申し出た。
「給料、全部いらないです」
このころになると、俺は個人経営のカフェでバイトしていた。
そのおかげでウソつきバイトのお金には、ほとんど手をつけていなかった。
「お金がいらない? そんな馬鹿な」とおっさんが鼻で笑った。
お金をもらわないからどうなるんだって話だけど、
俺はそれが本気で正しい行動だと思ったんだよ。
「ああでも、そういえば同じことを言った女の子がいたな」
おっさんはそのまま続ける。
「ときどきいるんですよ、キミみたいな人」
「ウソで手に入れたお金ってことで、良心の呵責にたえられない人とかね」
「でも給料を支払うのは決まりだからねえ」
「お金をもらわなかったら、キミのやることが消えるんですか?」
おっさんの言うとおりだった。
結局バイトはやめたけど、お金はきちんと口座に振りこまれた。
まあとにかく、俺はまるで誰かの真似でもするように、
がむしゃらにありとあらゆることをがんばったわけだ。
だけど夏休み手前らへんで、一回思いっきり体調を崩したんだよ。
ひさびさに家でゆっくりしたな。
学校を休んで二日目の夕方、ようやく俺の体調は回復の兆しを見せた。
その日の夢に会長が出てきたんだよ。
いや、前からちょくちょく出てきたんだけど、
そのときはほかのことをやって、気を紛らわすことができた。
でも、ベッドの上で寝転がることしかできないと、
会長のことを考えることぐらいしか、やることがなかった。
ずっと会長のことをぼんやりと考えてたら、メールが来たんだよ。
例のバイト先からだった。
メールを開いた。
バイトを再開しないか、という内容のものだった。
「やるわけねえだろ」と俺はケータイをとじようとしたんだけど、
こんな内容のメールをどこかで見たことを思い出した。
そう、先輩だ。
俺と先輩もすっかり疎遠になっていた。
正直先輩のことも思い出したくなかった。
だけど、なにかが引っかかったんだよな。
なんで再開を促すメールが来るんだろって気になった。
ベッドの上で俺は考えてみた。
そういえば、おっさんは説明していたな。
やめても、再開お誘いのメールが来るって。
俺はケータイのメモ帳を開いて、バイトのルールの確認をした。
ひっかかたのは、以下のふたつ。
・基本的にこのバイトは十代しかやらせてもらえない。
・やめても、再度、お誘いのメールが来る場合がある。
そしてもうひとつ。
おっさんが言っていたこと。
『なるべく長く続くといいね』
わりと早い段階で、バイトをやめる人間が多いということを言っていた。
これが不思議だった。
だって、だますことによって金がもらえるんだよ?
誰だって長く続ければ、ウソをつくのは上手になるはず。
そりゃあ罪悪感からやめる人もいるかもしれない。
でもこのバイトをはじめるときに、ある程度は覚悟してるだろ。
俺はもうひとつ奇妙なことに気がついた。
このバイトで俺をテストしたお姉さん。
その人との会話。
よく考えたら、あれも変だ。
ウソをつけるかどうか確認するのに、どうして一方的に話し続けた?
一度考え出すとやめることができなかった。
俺は自分のついたウソをふりかえった。
勉強するようになって、すこしは頭を使うようになったのがよかったのかも。
俺はひとつの答えのようなものを見つけた。
俺はケータイを開いて、例のバイト先に電話する。
おっさんにつないでもらって、聞きたいことを聞けた。
次の日。
この日も体調はすぐれなかったけど、俺は学校に行った。
放課後。先輩と会う約束をメールでとりつけていた。
「ひさしぶりだな」
本当にひさびさだったんだよな。
気まずいと思ったのは、本当に最初だけだった。
「すんませんでした」と最初に俺は謝罪する。
お、やっと>>1が来たか。
今日で完結かな?
感謝です
「なんであやまるんだよ?」
「だましてたのはオレだぞ。ついでに、例の会長もいっしょにだましてたんだぜ、オレ」
「だからあの子は、なにもわるくねえんだよ」
俺は「うそですよ」と否定した。
「本当にそうだったら、会長はそう言ったはずです」
「お前、ちょっと頭よくなった?」
「実はキレ者なんですよ、ボク」
先輩は吹きだした。
「あの子とオレ、中学のころからの知り合いなんだよ」
それから先輩は、これまでの経緯を説明してくれた。
俺は知らなかったけど、会長の家は母子家庭らしい。
会長のお母さんは、そこそこいい職についてるらしいので、
生活に困っているというほどではなかった。
それにくわえて会長は優秀だったから、学費の免除もされてた。
でも彼女はどうしても高校のうちに、留学しておきたかったらしい。
それで、あんなハードな生活を送ってたらしい。
生徒会をやっていたのは、推薦枠で大学に行くため。
俺とほとんど遊ばなかったのも、すこしでもお金を使わないため。
ファミレスのバイトをやってたのも留学のため。
そして例のだましのバイトも。
「オレが例のバイトを紹介したんだよ。
あの子ならまちがいなく稼げるって確信があったからさ」
おそろしい話だが、あれだけハードなスクールライフを送っていながら、
バイトのかけもちをしていたときもあったそうだ。
がんばりすぎた会長は一度、ひどく体調をくずした。
それを見かねた先輩は、彼女に例のバイトを教えた。
会長は最初は本気で拒否した。
それどころか、先輩をおこったらしい。
じゃあどうやって会長を説得してバイトをやらせたのか。
俺の出番だった。
だましのバイトで俺がボロもうけしている。
そう教えたそうだ。
そしてそのあと、今度は俺が先輩にそそのかされて、会長に告白する。
これがきっかけにして、先輩は会長を言葉巧みに説得した。
完全に仕組まれていたわけだ。
まあここまでは、考えなくてもわかることだよな。
問題は次だ。
どうして会長はバイトをやめたのか。
「先輩、いつかボクに言いましたよね?」
「魅力があるものは時間をうばうって」と俺が言うと、会長は苦笑いした。
「よく覚えてたな、お前」
「かっこいいなって思ったんですよ」
「アレてきとうに言っただけだぞ」
「マジかよ」と頭をかかえそうになったけど、無理やり会話を続けた。
「ボク、思うんですよ。
時間もボクたちから、いろんなものをうばってるって」
あまりに当たり前のことを、俺はかっこうつけて言った。
「そもそもこのバイトの給料基準って、いまいちわからなかったんですよね」
昨日ベッドの上で必死に考えた推測。
俺はそれを先輩に言ってみた。
実はバイトの面接を終えた段階で、気づいてもよかったんだよ。
もしウソの質が給料の基準だったとしたら、
バイトを早々にやめる人間が多い、というのはおかしいんだよ。
やめる理由はたぶんシンプルなものだ。
単純に給料がすくなくて、やっていても仕方がないから。
じゃあどうして給料があがらないんだって話になるよな。
長く続けりゃ、ウソのコツもつかめるようになるはずなのに。
ここまで考えて、俺ははじめてある結論にたどりつくことができた。
だますのは手段であっても、目的ではないんじゃないかって。
俺がウソをついた際の給料のあがり具合。
会長や母親に対してウソをついたさいは、かなり額があがった。
それに対して演説のウソのときは、逆にほとんど増えなかった。
そして、俺の給料がだんだんあがらなくなったこと。
十代が対象になっていたわけ。
これらのことを考えたとき、ひとつの答えが出た。
給料の基準になっているのは、ウソの質じゃない。
ウソをついたさいに生じる罪悪感だ。
これは俺の勝手な予想なんだけど。
おそらくウソをつかなくても、罪悪感を感じさえすれば、
勝手に給料はあがっていくと思う。
多くの人がこのバイトをやめる理由も、これで解決するわけだ。
時間は感覚をうばう。
ウソに慣れれば、当然罪悪感や後ろめたさなんてものは感じなくなる。
「先輩はこのことを知ってたんですよね?」
「もちろん。そうじゃなきゃ、あの子にこのバイトをすすめなかったよ」
そう。人一倍、いい人である会長だから。
先輩はこのバイトをすすめたんだ。
「けど、どんなにいいヤツだって、感覚は麻痺するからな」
「だから会長はやめたんですよね。あのバイト」
「うん。泣きそうな顔でそう言ったよ」
昨日、俺は例のバイト先に電話してあることを確認したんだよ。
会長がやめたときの給料が、さがっていたかどうか。それを聞いた。
意外なことにおっさんは俺の質問に答えてくれた。
給料はさがっていた。
俺が気づけたことだ。会長が気づけないわけがない。
つまり、彼女はわかってしまったんだ。
自分の中の罪悪感が消えはじめているってことに。
「感覚が麻痺していく自分に、嫌悪感を感じたんだろうな」と先輩は言った。
「あのバイトにあの子は向いてたけど、向いてなかったんだよな」
「ボクもそう思います」
おっさんが言っていた『ある意味で素質のある子でしたから』という言葉。
今ならその意味も理解できる。
「ところでさ。お前、どうして今さらオレにあやまったり、
オレを許そうと思ったんだよ?」
「あのバイトから先輩にメールが来ていたから」と答える俺。
「なるほど」と先輩は空をあおいだ。
「まあさすがにオレも後ろめたくなったんだろうな」
おっさんは面接のときにこんなことを言っていた。
『やめるときはその時計を事務所までもってきてほしいな』
実はあのバイトをやめるために、事務所に行ったとき。
おっさんは俺に時計をもってろと言ってきた。
おっさんは俺にも言ってたんだよ。
『なかなか素質あるね、キミ』って。
時間は感覚をうばう。
どうじに、時間は忘れていた感覚をよみがえらせてくれる。
俺にもメールがきた。
先輩にもメールがきた。
「オレさ、けっこうあの子のこと好きだったんだよ」
「マジですか?」
「でもなんか踏み出せなかったんだよな」
「へえ。先輩でもそんなことあるんですね」
「正直お前には嫉妬した」
「でももう終わったことですよ」
先輩が俺を見た。
「終わったのかよ?」
俺はなにも言えなかった。
結局春から今までがんばってきたのも、
気をまぎらわせたかっただけなのかもしれない。
「まあアレですよ」
「なんだよ」
「男はうしろをふりかえっちゃダメなんですよ」
「あの子はこんなことを言ってたぜ」
先輩がめずらしくまじめな顔だった。
「きちんと前に進むには、うしろをふりかえる必要があるって」
その言葉の意味は、よくわからなかった。
それからは特別なにがあったわけじゃない。
先にも書いたように、俺はがむしゃらにがんばった。
まわりの推薦もあってか、俺は会長職を後期になってもやることにした。
まあでも、それだけだった。
高校二年の一年間は、
今までの人生で一番早くすぎた。
あっというまに春がきて、俺は三年生になった。
その日。
生徒会の用事で、俺は春休みにもかかわらず学校に来ていた。
すでに掲示板にクラス表が張り出されてると、
先生から聞いたので俺は見に行くことにした。
掲示板を見て、俺は素直に驚いたんだよ。
うちの学校は学力でクラスわけがされてる。
下から数えたほうが早いクラスにいた俺が、学力二位のクラスにいたんだよ。
でも嬉しいのかと言われると、ちょっとよくわからなかった。
ほかに誰かいないかなって、名前を目で追っていた俺は
「あれ?」とつぶやいてしまう。
クラス表に知っている名前があった。
同姓同名かと結論を出した俺の背中に、
「ナガタくん?」
完全にしどろもどろになってた。
名前を呼ばれただけなのにな。
あの人の声は不思議と、耳にすっと入ってくるんだよ。
俺はふりかえった。
本当に会長がいた。
なにが起きているのか。
頭の中がごちゃごちゃになったけど、すぐに理解した。
会長は留学して休学した。
その結果、俺と彼女は同じクラスになったわけだ。
俺の口から出てきた言葉は、
「ひさしぶりです」でも、「元気でしたか?」でもなかった。
「すみませんでした!」だった。
先輩にはもう終わったこととか言ってたのにな。
バカな俺はどうして自分がひらすらがんばってたのか、
そんなことすらわかっていなかったんだよ。
俺は彼女ともう一度話すためだけに、がむしゃらにがんばってたんだ。
「許してくれるの?」と聞いてきた彼女に、
俺は先輩に話したことと同じことを話した。
「わたし、全部知ってたうえでナガタくんのこと、だましてたんだよ?」
「知ってます。ボクもそうでしたもん」
「うそつき。わたしがだましてたことは、知らなかったでしょ?」
「いいえ、知っていました」
もちろんウソだ。
「ウソつき」
「ウソじゃない」
「本当は?」
「ウソです」
こんなやりとりをしたあと、俺たちは仲直りした。
ただひとつだけひっかかることがあった。
会長が俺に、「わたしがバイトをやめた理由。まちがってないよ」とたずねた。
「でも罪悪感のことだけが、理由じゃないんだよ」
俺は首をかしげた。意味がわからなかったからだ。
会長はため息をつくと「もういいや」と笑った。
俺たちはもう一度、友達として関係をスタートさせた。
ただ以前とはずいぶん俺たちの仲は変化した。
「とりあえず会長って呼ぶのはやめてね。今はそっちが会長だし」
「それと同級生だから、敬語も禁止」
彼女の提案を俺は受けいれた。
俺たちは前に比べると、お互いにズケズケとものを言うようになった。
それとはじめて完成させた話を、俺は彼女に読ませた。
『自分の不幸をなげく女の子に不幸自慢をする男の話』というもの。
タイトル通りのことをして、ケンカが起きて最終的に、
すこしだけふたりが仲良くなるという話である。
「変なの」と感想を言う彼女に「面白いだろ」と俺は返した。
それから受験では非常に苦労した。
それでも俺も彼女も志望校に合格することができたんだよ。
俺と彼女は通う大学こそちがったけど、ふたりとも上京することになった。
で、卒業式の日。
ベタだけど俺はこの日に彼女に告白した。
俺が好きだって言うと、
彼女は目を丸くして「こりない人」と言った。
「わたし、ウソつきだよ」と彼女は微笑んだ。
「オレもだけど」と赤くなった頬を俺はかいた。
「そうだったね」
ウソからはじまった俺たちの時間は、一度白紙になった。
そしてまた新しいものになった。
そして今は。
「ウソつき」
「ウソじゃない」
「本当は?」
「本当です」
朝に終わらすと言ってまた時間をオーバーしてしまいましたが、
ここまで読んでくれた人はありがとうございました
おもしろかった
膨らませばラノベ一冊分にはなりそうだな。
>朝起きたらきみが、長い旅にでていった
この歌詞の曲知らんのだが
感想ありがとうございます。
>>415たいした設定じゃないのでどうぞ
>>368 B’zの95年のツアー限定で演奏されて
ギター松本がボーカルをつとめた「Don’t ask me baby」っていう曲です
推理ものっぽくて楽しかった
>>1って前に自殺しようとしてる女を男が止める話書いてた?
前も朝に終わらす言って終わってなくて謝ってたけど
前も似たようなレスをしたかもしれません
タイトルの「先輩をだました」ってのがわからない
この先輩は会長のことなの?
面白かったよ
相変わらず伏線の貼り方が上手
主人公のリアクションが嘘を言って申し訳ないと感じてる時だけきちんと給料
ブラボー